野良の心で人生を経営する ― 「野良猫親父のぼやき」を始めます
はじめまして。私は30代の普通のサラリーマンです。
1歳になったばかりの娘がおり、日々育児に翻弄されつつも、今しか感じられない貴重な日常を楽しんでいます。
娘の誕生は私の人生の中でも最大級の転換点だったように思います。 振り返ってみると、子どもが生まれる前は、基本的には自分の意志でたっぷりと自由に時間が使えることが、ある意味“当たり前”だったように思います。平日は割とハードに働き、休日も興味のある勉強をしつつ、飼い猫を愛でる日々。時々妻とカフェにいったりして、忙しくも充実した日常だったと思います。
子どもが生まれてからは、生活の中心は完全に“子ども”になりました。娘はとてもかわいく、愛おしい存在で、本当に大切な宝物ですが、プライベートの時間はもちろん、仕事の時間を確保することすら簡単には行かなくなりました。
「親になるとはそういうことだ」と怒られてしまうかもしれませんが、今は私自身のキャリア構築にとっても重要な時期でもあり、子育てをしつつの時間の使い方について葛藤があったのも、正直にいってまた事実でした。
子育てに翻弄される「今」だからこそ、
- 私は何を大切にして生きていきたいのか
- そのために、どんなふうに時間を使っていきたいのか
こうしたことを自然と考えるようになりましたし、言語化して整理することが必要だと感じるようになりました。 そして、その答えを探るための「戦略」のようなものが必要だと感じるようになりました。
そうした考えを深める中で、この「野良猫親父のぼやき」ブログを書こうと思い立ちました。
「野良猫親父」という名前は、はてなブログのID登録をする際に、ふっと頭に浮かんだ言葉です。
なぜこの言葉がしっくりきたのかを辿っていくうちに、私は自分が「野良の心」で生きていきたいのだと気づきました。
ここで言う「野良の心」は、会社を辞めて自由気ままに生きるとか、すべてを投げ出して無責任に生きる、という話ではありません。
むしろその逆で、「父親として、夫として、会社員として、生活者として」かなりガチガチに制約がある中で、
それでも自分のモノサシを手放さずに野良猫のようにしなやかに生きる姿勢のことを、私は勝手に「野良の心」と呼んでいます。
育休中の隙間時間でいくつか本を読みましたが、山口周氏の『人生の経営戦略』が非常に印象に残っています。この書籍の中で山口氏は”人生を一つの「プロジェクト」としてとらえ、 時間資本を「人的資本・社会資本・金融資本」にどう変換していくか”というフレームが紹介されていました。
読んでいる途中から、
「あ、これは“野良の心”の裏側にある、人生の設計図になりうるな」
と感じたのです。
今日は、そのことについて、少しだけ書いてみたいと思います。
「野良の心」は、”人のモノサシから自由であろうとする態度”
まず、私が考える「野良の心」を、ざっくりと言語化してみます。
- 群れないけれど、孤立はしない
- 正解よりも、納得感を優先する
- きれいな道より、「自分で踏み固めた獣道」を好む
- それでも家族の暮らしはちゃんと守りたい
要するに、
世間のチェックリストをコンプリートするよりも、
自分自身と大切な人たちのウェルビーイングを、じわじわ育てていきたい
という価値観だと思います。
しかし現実には、「いい会社」「いい肩書」「いい年収」といった
“人のモノサシ”で測られる場面がどうしても多いのが今の社会です。
成功者と呼ばれる人たちのライフスタイルがSNS上にあふれ、
意識の高い、生産性の塊のような超人たちがYouTubeで華麗なDaily Routineを披露する。
タスク管理や効率化に関するアプリやライフハックも、次から次へと流れてきます。
こういった「外部の物差し」と「効率化至上主義」が、気づけば頭のかなりの部分を占めてしまいます。
正直、放っておくとすぐに他人の人生のスコアリングゲームに巻き込まれる構造になっていると感じます。
落ち着いて考えると、だいぶ息苦しい前提条件のように思います。
一方で、娘を見ていると、こうした構造の歪さに日々気付かされます。
毎日「おはよう」と声をかけるだけでニコニコの笑顔になる娘。
「いないいないばあ」や「こちょこちょ」といった“非生産的な活動”で、あそこまで幸せな時間を過ごせる娘。
自分も小さかった頃は、「外部のモノサシ」なんて気にせずに、その瞬間の楽しさを何も意識することなく味わえていたはずです。
夢中になってドッジボールや缶蹴りをしていたのは、「タスク」として実行していたわけでもなければ、職務経歴書の記載内容を増やすことを目的にしていたわけでもない。ただ、その瞬間の楽しさに没頭し、人生を楽しめていたからなのでしょう。
30歳を超えた自分が子どもの頃の無邪気さを懐かしんでいるだけかもしれませんが、こうした素朴な喜びの重要性を、大人になるにつれて忘れてしまうのは本当にもったいないことだと思います。
もちろん、大人になった自分は子どもの頃とは違い、大きな責任も背負っています。
だからこそ、「ただ無邪気に遊べばいい」と言いたいわけではありません。
そこで、「野良の心」がただの感情論や反骨精神で終わらないようにするには、
戦略の言葉が必要になるのだと感じています。
そこで効いてくるのが、「人生を経営する」という発想なのだと思います。
人生はウェルビーイング実現のための「時間資本」の投資ゲーム
『人生の経営戦略』で特に印象に残ったのは、
人生を一つの「プロジェクト」と見なし、その究極的な目的を単なる富の蓄積ではなく、
持続可能なウェルビーイング(幸福)の構築に置くべきだ、という点でした。
そのうえで、人生の核となる資源は時間資本です。
誰にとっても等しく1日24時間しかなく、この時間資本を起点として、次の3つの資本にどう転換・投資していくかが重要だと論じられていました。
- 人的資本:スキル・知識・経験
- 社会資本:信頼・信用・友人・家族とのつながり
- 金融資本:お金・資産
「時間資本」をどのような活動に日々分配していくか。
そのポートフォリオ戦略こそが、人生戦略そのものだ、という考え方です。
ここで大事なのは、「これら3資本の蓄積状況」と「時間資本の投下状況」を、他人の尺度ではなく野良の心で見つめ直すことなのでしょう。
そのときに問うべきなのは、おそらくとてもシンプルで、
「この配分で、本当に私のウェルビーイングは上がっているのか?」
という一点なのだと思います。
野良の心で生きるというのは、言い換えれば、
“都市で生きる野良猫”として、時間資本から直接あるいは間接的に生み出される3つの資本について、
自分なりの最適なバランスを考え、そのための「時間資本」の投資先を自分の責任で決めていくこと
でもあるのだと思います。
もちろん、それは「好き勝手に生きる」という意味ではありません。
家族との生活を守りつつ、会社員としての責任も果たしながら、
その制約の中でなお、「自分なりの時間の使い方」を取り戻していく営みだと考えています。
野良の心 × 人生の経営戦略:私なりの「人生経営実験」
ここからは、私自身が今実験していることを少しだけ紹介したいと思います。
ライフハックの類ではなく、ごく個人的な「実験ノート」の一部です。
『人生の経営戦略』を読む前から、私はTickTickというアプリを使って行動ログをつけていました。
TickTickは「タスク管理のための生産性向上ツール」として知られていますが、私はToDoリスト的な使い方ではなく、自分が過ごした時間をそのまま記録するためのツールとして使ってきました。
この本を読んだことで、「自分の人生戦略」の中でTickTickがどんな役割を果たしているのか、その位置づけがようやく言語化された感覚があります。
私にとってTickTickは、単なる生産性向上のためのタスク管理ツールではありません。
「時間資本の出納帳」──時間版マネーフォワードのような存在になっています。
- 今日1日、時間資本をどこに投下したのか?
- 家族・仕事・学び・余白のバランスはどうだったのか?
- 疲れ方や満足感と、時間配分はリンクしているのか?
こうした点を、毎週・毎月の単位で眺め直すことで、
「この配分だと、自分のウェルビーイングは本当に上がるのか?」
を、少しずつ検証している感覚に近いです。
TickTickにはメモ欄もあるので、その時間で実行した具体的な行動や、
そのときの気付き・洞察のタネのようなものを記録しています。
それらのログをもとに、ChatGPTなども活用しながら日々や1週間単位での振り返りを行い、
時間の投資配分や、そこから得られた学び・気づきを深める時間を、毎朝少しずつ取るようにしています。
これは、ToDo管理として日々追われるようにチェックリストを埋めていく作業とは、根本的に異なると感じています。
自分が過ごした時間をそのまま記録しているだけなので、「やらなければいけないこと」に追われる感覚はほとんどありません。
ただ、後から振り返ったときに、
- どんな時間を過ごしていたのか
- 何をしていたのか
- その時間は誰のために使われたのか
- どんな喜びや学びがあったのか
といったことを改めて確かめることができます。
その意味で、今の自分にとってはかなりしっくりくる方法だと感じています。
「野良猫はそんな小難しいことはしないだろう」という気もします。
でも、野良猫は野良猫なりに、自由でありながらもしたたかな戦略家の側面を持っているはずだ、と私は思っています。
生き延び方に関しては、きっと一流です。
おわりに ― 「野良猫親父」として一日を経営していく
子どもが生まれ、時間の自由度が一気に下がったように見える今は、
裏を返せば「自分の時間資本の使い方」が、これまで以上にはっきりと可視化されるタイミングでもあります。
- 家族との時間
- 仕事とキャリアの時間
- 自分の学びや趣味の時間
- 何もしない「余白」の時間
限られた24時間をどう配分していくのか。
その選択の積み重ねこそが、これからの自分と家族の人生を形づくっていくのだと思います。
このブログでは、
こうした「野良の心」と「人生の経営戦略」にまつわる試行錯誤を、
ときどきぼやきながら、少しずつ言葉にしていきたいです。
私自身も、自分なりの「野良の心」を持って人生戦略を日々考えながら、
今日もまた、都市の片隅で「野良猫親父」としての一日を経営していけたらと思います。